卒塾文集

 30余年の有機農業を通し、新規就農を求める若者達が研修していきました。
100人近い人数が全国各地に就農しています。
 
下記は2008年以降に卒塾したメンバーのここでの学びや思いです。

加藤 優志
(2010.3~2013.3)

小山 高人
(2010.4~2012.8)

天野 春彦
(2011.7~2012.6)

西尾 佑貴
(2008.5~2011.7)
    沙織(旧姓 渡辺
(2008.2~2010.8)
お日さま農園

 車 庄三
     (2010.5~)
ヤヤキタ農園

菊地 領治
(2010.10~2011.5)
 →JOCVでトンガへ

西木 裕次郎
(2006.4~2010.12)

春 義彦
(2009.3~2011.1)
はる農園

平井 孝彦
(2008.2~2010.1.)
とうかげんblog

黒石 匡晃
(2006.2~2009.2)

鈴木 俊広
(2007.1~2009.1)
大坂農園×やさい暦

永谷 嘉規
(~2008.3)
ながたに農園

高橋 正美
環○和(わわわブログ)

宮永 憲治
環の花

丸山 尚史
まんまる農場

加藤 優志  「卒塾にあたって」

 初めて帰農志塾に見学に来た日、坂道の両脇にある梅の木にはわずかに花の芽がついていた。坂道を降りてきた戸松さんに挨拶をすると、そのまま家に上がり話をした。有機農業について、人生観について、強烈なインパクトだった。あの日から3年が経つ。
 3月末で卒塾し、ラオスに行きます。戸松さんの先輩である中村啓二郎さんのもと、ラオスの学校内にある農場で有機農業の実践、普及活動に入ります。
 失われていく自然、環境破壊や貧困といった問題が心からはなれず、有機農業に希望を抱いて入塾した。今もその思いは変わらないが、それ以上に目の前の現実や日々の積み重ねが自分にとって大切だと感じている。畑の作物と、会員をはじめつながりのある人々と日々どれだけ真剣に向き合っているか、考えているか、戸松さんにはいつも指摘して頂いた。
 3年目はホップ、ステップの次のジャンプの年だ。これまで塾で学んだことを後進に伝え、農場の運営に関わりながら就農の準備をする。
 正直に言うと、僕にとっては甘さや課題が噴出する年だった。準備が後手になったり、うまくいかなかったことを次に活かせなかったり、ずっと叱咤していただいたことを十分身につけられなかった。
 塾で学んだ課題や知った甘さをラオスで克服したい。そう思っています。
 最後になりますが、戸松さん、眞智子さん、塾のみんな、会員の皆さん、3年間本当にお世話になりました。ありがとうございました。
 ラオスでの活動を終えて良い就農の報告が出来るよう、頑張ってきます。
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小山 高人  
「卒塾とラオスのこと」

 みなさんこんにちは。今年の8月19日に卒塾して、ラオスという国での農業協力活動に参加しています。小山高人と申します。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。
 ラオスに入国して1月余りが経ちました。私が参加しているのは民間のプロジェクトで、農村の中高等学校(ここでは中学校と高校が同じ校舎です)の敷地内に有機農業研修センターを建てて、そこで生活しながら荒れ地を耕し、野菜を育て鶏と豚を飼い、地元の農家や学生に技術普及を行いながら販路を築いていくことで、村の生活水準を地に足がついた形で上げていこうとしています。
 まず荒れ地の木を伐採、抜根して道を作るところから始めています。それから土づくり、野菜作り、養鶏、販売とやることはたくさんありますが、できる限り村の人と力を合わせてコツコツとやっていこうという心境です。
 今学校で時々日本語も教えています。教えながらラオス語にふれ相互に学びの場になっています。
 塾での2年4か月は、正直楽しいことよりも悔しい思いがはるかに多い時間でした。それでもたくさんの人に支えられながらやり抜いたことで、半人前ながらも今こんなに充実した時間が過ごせているんだと思います。
 塾での生活を通して2つ僕の中で大きな変化がありました。
1つは会員の皆さんとの信頼関係のあり方です。今ラオスの村人と地道にやっていこうと思えるのは、共に支えあう会員の皆さんに配送を通じて直接かかわって学ぶことができました。
 もう1つは家庭を築いていく素晴らしさです。僕が研修している間に正行さんと礼菜さんが結婚して真人君が生まれ、真人君の成長とともに戸松さんや礼菜さんの穏やかな笑顔が増え、正行さんがどんどん力強くなっていく姿を、それこそ1日中目の当たりにすることで、家族についてとても深く感じることができました。
 農業技術も大変勉強させてもらいましたが、この2つはこれから生きていくうえで心から大切にしたい学びです。
 最後に会員の皆さん、塾生の仲間たち、正行さん、礼菜さん、真人君、眞智子さん、僕の目標に大きく力を添えてくれた戸松さん、心配かけながらいつも応援してくれる親に心より感謝しています。
ありがとうございました。
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天野 春彦 
 「卒塾にあたって」

 去年の7月、夏真っ盛りの時に入塾し、早1年が経ち卒塾することになりました。
 有機農業の意味や意義について特に詳しく知っていたわけではなく、ただ自分が作ったものを食べる人に直接届けその人たちと交流を持ちたいという思いで入塾しました。
 農業・野菜の栽培技術は1年程度の研修で身につくものではなく、まだまだ学び足りません。しかし塾で学んだことを基本に据えて、自分の畑で自分なりのやり方を見つけていきたいと思っています。
 塾では栽培技術以上に農業に取り組む姿勢・考え方を教わりました。食べる人の食生活の一部を担う責任、農業は一人では決してやっていくことはできず多くの人の理解と協力を得てできるということ。この二つのことは、特に忘れてはならないとこだと強く感じています。
 私の就農地は神奈川県東部です。神奈川県は決して農業が盛んな県ではなく、特に自分が希望する県東部は畑が極めて少なく見つけるのが困難な地域です。県の就農相談担当者に「見つけるのに1~2年かかる」と言われ、地元の農業委員会でも他所で就農することを勧められました。しかし自分が生まれ育ち一番愛着のある土地で農業をやりたいという思いがあったので、何人もの知人に相談し、その人の知り合いを紹介してもらい、またその人の知人を紹介してもらうという細い糸を頼りに探しました。塾や会員の皆さんとの交流を通じて得た自分の農業への思い・取り組む姿勢を訴え、知り合いを紹介してもらいました。こうした方々のおかげで希望の土地で就農することができました。一度の面識もないにもかかわらず協力して下さった方々に大変感謝しております。
 今後独立して一人でやっていくと、多くの困難に直面することになると思います。しかし、心をこめて野菜を作り、届け、食べる人の期待に応える農業をするという原点を見失なければきっと道を開かれていくと思います。そして、いつかこの恩をお返しできるように精一杯やっていく所存です。
 最後になりましたが、本当に多くのことを教えて下さった戸松さん、共に励まし助け合った塾生の仲間、私たちがつくる野菜を楽しみに待っていてくださる会員の皆さんに心からお礼を申し上げます。これからの塾の益々の発展と会員の皆さんのご健康をお祈りしております。
                  
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西尾 佑貴
   「卒業について」
                        
 7月で、3年間の研修を卒業します。帰農志塾での研修生活を振り返り、本当に感じたことは人との関わりの大切さでした。
 ほぼ同年代のメンバーと寝食を共にし、畑で泥まみれになり、つらいこと、感動したことをみんなで感じたり、話しあったり。他にはない貴重な経験です。野菜の配送で会員の方からも野菜や塾に対する理解、考えなど、たくさんのことを教わりました。
 そして、主体性を持つということ。提案、発言などを積極的にしなければどんどん相手の言いなりになってしまいます。これから就農する際、これから出会う人にきちんと発言できるようになり、自分の信念を持ち生きていくこと。人間性について多くを塾生活の中で学びました。 
 これからの人生、塾のメンバーと縁あって山形で就農します。田んぼと畑、塾で学んだ養鶏や自家採種も挑戦します。就農してからは経営者として現実を直視し、なるべく環境に負担をかけないように、これからの子どもたちに胸を張って残していける農業をめざします。それと同時に、昔からある地域の人々の食事、生活に即した生き方をしていきたいです。   
 3年間で帰農志塾で多くの方との出会いが、今の私の血や肉になりました。
 本当にありがとうございました。
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菊地 領治  「塾で学んだこと」

 「途上国で役に立つ農業指導がしたい」との想いを胸に昨年の10月に塾の門を叩きました。塾に来る前の農業経験3年半と塾での農業研修が考慮されて、学生時代からの目標であった青年海外協力隊平成22年度秋募集の野菜栽培部門に合格することができました。そのため7ヶ月間という短い期間ですが例外的な形で塾を出ることになります。
 塾に入った当初の目的は海外で役に立つ有機農業技術を習得することでした。しかし、この7ヶ月間を振り返ってみると、有機農業技術以上に塾で学んだことは、有機農業を通じた、人としての生き方や姿勢といった人間性であったと感じています。塾長からは週例会や普段の会話の中で、様々な心に響く言葉を聞かせてもらいましたが、その中で最も印象に残っているのは「今を生きる」という言葉です。
 今回の原発事故の影響で、栃木のほうれん草などの野菜が出荷停止になった。通常であれば静観するしかない事態だが、「会員の食卓を守る」という信念と、どうやったら会員に野菜を出せるのかという気持ちを持って、ただ静観するのでは無く、情報収集をし、様々な方法を試し、出荷できるようにベストを尽くした。そのことが有機農業をする者としての「今を生きる」ということであり、身をもって体験したことは私にとっては大きな学びであり、これからの人生においてひとつの指針になりました。
 また、会員との交流や塾生との共同生活において「相手の立場になって考える」ということを学ばせてもらいました。自分の意見だけではなく、相手の立場になって考え、腹を割って話し合うこと。その積み重ねが人と人との信頼関係を築いていくんだと、塾が築き上げた提携している会員との信頼関係を野菜の配送を通じて直接肌で感じることができました。相手の立場になって考えるということは、どこへ行ったとしても大切な姿勢であり、国際協力を志す私にとっては重要な視点になると思います。
 私は、今年の9月~10月の間に南太平洋の小島の国トンガへ行き2年間農業指導に行きます。今まで学んだこと、塾で学んだことを少しでもトンガの人たちのために役立つことができるように、また日本とは違う環境の中、困難なことにぶつかった時こそ、「相手の立場になって考え」、「今を生きる」という姿勢を忘れずに取り組んでいきたいと思っております。
最後になりましたが、会員の方々には大変お世話になりました。ありがとうございました。
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春 義彦

 私が帰農志塾に入塾したのは一昨年の3月のことです。有機農業を学ぶ為に入塾を決めました。しかし、振り返ると有機農業(農法)ではなく、有機農業を通していかに生きていくか。を一番学んだように思います。
 帰農志塾が今まで積み重ねてきた中で築いてきた会員やお店との信頼関係。そして地域の人とのつながりなどを学べたことは私にとってとても大きなことでした。
 らでぃっしゅぼーやで働いていた頃は扱っている品物が良いから会員がたくさんいるのだと考えていました。もしこの考えのまま就農していたら、良い物さえ作れば大丈夫、会員もたくさん出来る。と考えていたと思います。
帰農志塾で直接会員の方やお店の方と接する中で野菜は一つのきっかけに過ぎないと気づきました。作物との向き合い方、育て方、農場便りなどの原稿、塾生の姿勢など、帰農志塾の基本的な考え方や人柄、人間性に皆さんは携わっているのだと感じました。
 良い物を作ることに専念し、品物が良いから会員がついてくるのではなく野菜を含めてその人間性に関わっていきたいと思われる生産者でありたいと思います。あなたの人柄、人間性を信じてついていきます。こうした関係性を築くことを目標に一農民として一人前を目指します。
 私は今年の12月で卒塾し、青森で新規就農します。最後になりますが帰農志塾で多くのことを学びました。そして会員の方々からも塾生を育てるんだという気持ちが伝わってきて、本当に多くの叱咤激励を頂きました。ありがとうございました。
 青森にお越しの際は是非遊びに来てください。
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渡邉 沙織

 8月末をもって帰農志塾を出て、地元山形で就農することになりました。
 塾で2年半学んだ今の私が大切にしたいと思うようになったことは、有機農業が生き方だという視点です。入塾する前の私は有機農業を作物を売るための一つの手段・農法として捉えていました。今は、作物の育て方、出荷方法、生活スタイル、全て人間性が形になったもので、どう考え何を大切にしているかが表れると考えるようになりました。この視点を得られたことが私にとってはとても大きなことです。
 その上でこれからやりたい事を考えたとき、私は消費者と一緒に作る農園を目指したいと思います。共に田植えをし、草を取り、稲刈りをする。楽しいことも大変なことも一緒に感じられる。僅かでもこのようなことのできる生産者になりたいと思います。
 これは塾の中だけではなく、配送でお会いする会員の方々がいるからこそ得られた価値観です。たくさんのことを教えて下さり、どうもありがとうございます。
 恵まれたことに、祖父母が耕していた田圃とさくらんぼ畑があります。その畑を継ぎ、野菜とお米、少しのさくらんぼを作りながら、ひとりの農業者として一人前を目指します。
 山形へお越しの際はぜひお立ち寄りください。
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平井 孝彦


 来年地元関西で就農するにあたって今年の9月頃から畑と家を探し始めました。いろいろな人と出会い、お世話になって京都府亀岡市に畑と住むところを決めることが出来ました。亀岡市の農政課に地元の農事組合を紹介してもらい、そこの組合長が地元にかけ合ってくれたおかげで首尾よく話は進みました。今回の土地探しでは人との出会いのありがたさを感じました。見ず知らずの私のために骨を折ってくれた地元の人たちに心から感謝しています。
 農業を目指してから帰農志塾に来るまでにはいろんな曲折がありました。それらは全て今の自分の血肉となって役立っています。特に記憶に残っているのが居酒屋チェーンで働いていた経験です。当時は日常となっていましたが、今振り返れば不自然この上ない昼夜逆転の生活でした。やりがいはありましたが、体力的にも精神的にも負担が大きく、深夜の店内でテーブルを拭きながら立ったまま眠ることもありました。仕事に追われ、外の世界を感じることが出来ないような状態でした。
 去年入塾して暫くは、日の出から夕暮れまでという仕事のリズムが逆に新鮮でした。外で働いていると様々なことを体で感じることが出来ます。暑さ寒さはもちろん雨や霜、季節の変わり、日々育つ野菜の姿などです。
 私は農業という仕事のシンプルさに惹かれて就農を目指しました。「食」を支えるという点で農業が重要だとは以前から思っていました。今ではそれに加えて、毎日の生活の中にある小さな出来事を心から楽しむことが出来るという魅力が農業にはあると考えています。
 最近は子供から大人まで忙しなく生活している人が多いようです。しかし、経験から言うとあんまり忙しなくしていると、本当に「忄(こころ)」を「亡」くしてしまいます。そんな時に少し立ち止まって、日々の暮らしの中にある楽しみを見直してほしいと思うようになりました。それはかつての自分では気づくことがなかった些細なことです。
 新規就農に際しての心構えとしては全然特別なことではないかもしれませんが、以上のようなことをこれから新しく出会う人たちと共有し、自分の周りにいる人々と共に生きていきたいと思います。
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鈴木 俊広  「卒塾に際して」

 入塾してから2年が経過しました。この2年間は長かったなぁと感じています。楽しいことよりも大変なことのほうが多かったように思います。朝早くから日が暮れるまで続く作業。体力的には自信があったものの、1年目は夏の間、日々疲労困憊でした。そして戸松さんからの厳しい言葉。どんなときでも懸命になっていない自分、甘えのある自分を指摘されました。
 しかし大変な日々の中で大きな学びを得たことも確かです。農業に対する考え方、経営に対する考え方、野菜に対する考え方。その全てを徹底的に叩き込まれた気がします。2年前には有機農業の「ゆ」の字も分からなかった私が、今有機農業を「なりわい」として生きていくことに確かな自信を持っていることも、考え方を習得できたからだと思います。
 もう一つは、「自分のやりたいことを追求し、それを実現するために努力すること」です。戸松さんが何度も仰っていたこの言葉は私の中に深く刻み込まれています。本当にやりたいことをやっているか、そのために努力しているか常に自らに問いかけながら、これからも生きたいと思います。
 卒塾後は地元の静岡県藤枝市へ帰り、就農します。塾での学びを活かし、まずは有機農業で自立した暮らしを営むことが目標です。そして、安定した暮らしが送れるようになった際は、自分のやりたいこと」である「子供達に農や食の大切さを伝える行動」を行っていきたいと思います。
 最後になりますが、時に厳しくも常に励ましの声をかけて下さった会員の皆さん、塾生活を共に歩んでくれた塾生、そして、生き方、物事の考え方を示して下さった戸松さん、眞智子さん、本当にありがとうございました。
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永谷 嘉規

「岐阜の畑から」
 こんにちは。2008年3月に卒塾しました永谷嘉規です。
 今年4月に岐阜県の御嵩町に新規就農し、秋の作付けから農作業を本格的に始めました。出荷も始めており、現在は会員数件と地元の八百屋さん、自然食品店に野菜をお届けしています。
 ありがたいことに、地域の方には温かく迎えていただき、何かと面倒を見ていただいています。また、方々で偶然の出会いに恵まれ、その出会いから会員になっていただいたり、即売会をする機会をいただいたり、知恵をお借りしたりと少しずつではありますがつながりも広がり始め、日々忙しくも楽しく働いています。
 就農する以前、塾を出てから1年間は栃木県の西那須野にある「アジア学院」で農場職員として働きました。ここはアジア・アフリカ地域の農村開発に草の根レベルで携わっている人々を招き、彼らの地域の自立を地域の一員として目指し、共に働く指導員を養成するための専門学校です。その性質上、学生は一部の日本人学生を除きアジア・アフリカ地域の方で、運営をサポートしてくれているボランティア達は欧米からも来ており、学院内の公用語は英語と非常に国際色豊かな場所です。ここでの生活はわたしにとって新しいものばかりで得るものも多く、狭かった自分の視野も広げてくれました。そこで特に自分にとって大きかったのが「sharing(シェアリング)」という考え方でした。
 シェアリング…直訳すると分かち合い、共有という意味ですが、あらゆるものを共有するということをこのアジア学院では重視していました。物や技術・知識・経験はもちろん場所や時間、そして嬉しいことや悲しいことなど精神的なものもシェアしました。
 それまで自分の中で、ずっと漠然としていた不安感やへそ区間を抱えていましたが、それは社会の中で今時分が何をしているのか、正しいことをしているのか、もっと他に自分がすべきことがあるのではないだろうかという「無知」から来ているものでした。しかしシェアリングを通じて自分を深く知っていくうちにそれが自信に変わり、それらを打ち消しました。そしてまた言いも悪いも含めてありのままの自分を受け入れてくれることへの安堵感も私を支えてくれました。戸松さんがよくおっしゃっていた「バーンと心を開けっぴろげればいいんだよ!!」という言葉が頭をよぎります。「ああ、こういうことか」と腑に落ちるような思いです。
 11月になり、畑仕事が落ち着いてきたので今度はいよいよ本腰を入れて外に出て新しい人間関係づくりの始まりです。ひとつひとつの出会いを大切に、仲間を増やしていきます。そして自分が学んできたことを次の世代に伝えていきたいと考えています。ともあれまずは農業でしっかり生きていくことが先決。たまに「ガンバレ」と思い出していただければ幸いです。
 ありがとうございました。

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